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月が美しかった 

2015, 01. 27 (Tue) 00:00

 珍しく連日UPのように見えますが、貯め込んでいたのを出してます。先だって書いた孔明と同い年の献帝のお話に拍手を頂けてこれもUPして大丈夫かなと思いまして(^^ゞ

 今回は花←献帝です。こういうのは嫌という方はお戻りくださいね。オリジナル要素が高いの感想頂けるとうれしいかもです。
月が美しかった

 生きて行く世界を選ぶことができるなんて思ったことはなかった。繰り返すのは黙って誰かの言うことに、良し、と言うことだけ。餓えたこともない、戦は自分が知らないどこかで起こっていることで、帝なのに何も知らない。
 己は無知だと献帝は思う。だから、誰よりも努力して、国と民ときちんと向き合っていきたい。だって、初めて一人で判断して、選んだ道。それを与えるために尽力をしてくれた者へ恥じない生き方をしたい。
 生きているということ、生きられるということ。それは全く違うのだと思い知らされた。ただ生きていては駄目なのだ。自分が何のためにここにいるのか、常に頭に入れて考えなくては意味がない。それが国と己の為にもなる。もう何も知らない子供のままでいるのは嫌だ。だって、彼女の傍にいることができる自分でいたい。伏龍を呼ばれる師匠を持つ、恋しくて愛しい人の為に、献帝は自分の足で立ち上がりたいと願う、自分の足で立つこともできなければ、多分、花の傍らにいることはできない。

「これで明日の準備は万全!」
 明日は献帝に拝謁して、荊州の件で呉から来ている使者と改めて話をすることになっている。花ができるのは、それを記録するくらいだ。でも、読み書きもできなかった頃に比べればいくらかは使えるようになっていれば嬉しいなと思う。
 執務室を出ると、月が高く昇っていた。
「うわぁ、遅くなっちゃった。早く部屋に戻らないと師匠に怒られるかも」
 人目がほとんどないのをいいことにぱたぱたと小走りに中庭を抜けて、あてがわれている自室へ戻ろうとした時……。
「……」
「!」
 人気のない東屋で月を眺める一人の姿。謁見は明日のはず、いや、そんなことより帝が警護の人もつけないでなんでこんな場所に……。花の脳裏には様々な思いが交錯して混乱する。
「おや、天女に見つかってしまったな」
 その相手、献帝はまるで月明かりの中の幻のように儚く微笑んだ。
「あの、あの、え、と。こんばんは。じゃなくて、どうしてお一人でこのような所にいらっしゃるんですか」
 慌てて思わず言葉に詰まる。
「はは、天女にもわからぬことがあるのだな。今宵は真に月が美しいではないか。朕とて一人でこうして月を眺めていたいと思う時があってもよかろう」
 ふぁりと耳に届く声はとても静かで柔らかい。花は思う、この人はこうして話をしたり、誰かにごく普通に接してもらうことにまだ慣れていないのだと。それは嘗ての花と同じ。いや、花よりも酷いだろう。必要なのは帝という立場だけ、だから形だけは大切に扱われていただろう。けれど、そこに暖かな心はない。花には想像もできないけれど、それは冷たい孤独の檻の中にいるのと同じことだ。餓えていなくても心は餓え、暖かな部屋にいても心は凍えていただろう。
 初めて会った時に、献帝は花にこう言った。
―人形の身など気にかけても仕方なかろうに。国が乱れ、戦いが起ころうともただ座っているだけの人形の心配など……。
 花はその言葉を全身全霊で否定した。彼は人形などではないのだと、それが始まりだった。思えば、それから彼は周囲の人間と言葉を交わし、考え、笑みを見せてくれるようになった。何よりもそれが嬉しい。
「そう、ですね。本当に月がとっても綺麗です」
 花が天を仰ぐ。銀の光に包まれて花の姿が輝く。その姿にやはり彼女は天女なのだと献帝は思う。だが、痛む胸の内を悟られぬように言葉を紡いだ。
「で、あろう。だが、朕がこのようなことをしていたことは皆には内緒だ。そうだ、孔明にもな。そなたの師匠は意外に口煩い故に」
「ふふっ」
 思わず笑みがこぼれた。確かに孔明は時にとても雄弁だ。限定すれば、悪だくみをしている時や人をけむに巻く時の弁説は、あれは伏龍というより、詐欺師? といささか物騒なことを連想してしまうほどだ。こんなことを考えていることは、孔明はもとより帝にも言うことはできない。実際、こんなことを考えていることがわかったら、孔明にはお仕置きされるに違いない。
「このような時、孟徳ならば詩でも詠むのあろうが、朕はそうゆうことはあまり得手ではなくてすまぬな」
「そんな……。あ、そういえば、陛下。私の故郷にこんな話があるんですよ。まだ私の国が外国と親しくし始めたばかりの頃で他の国の言葉を習い始めた頃、ある学問の師がその外国の言葉で『I LOVE YOU』という言葉を弟子に訳しなさいといい、その弟子は『私はあなたを愛しています』と訳したんです。その答えも正しかったんですけど、でも、その師の答えは、というか意味は違っていたんです」
「ほう……。そのような話は初めて聞くな。それに、あい、ら、ぶ。ゆ、という言葉も不思議な言葉だ」
「はい、でもここからずっと西の方へ行ったところで使われる言葉なんです」
「さすがは天女だ。そのように遠い国の言葉にまで通じておるなど、朕には想像もつかぬ。で、その師はどのような返答を弟子へ返したのだ」
 答えが気になるのだろう、身を乗り出して尋ねる献帝の瞳は好奇心でキラキラしている。こんな顔をされるととても孔明と同い年とは思えない。その姿に花は小首を傾げて、やんわりと微笑みながらこう答えた。
「その師はこう答えたそうです。月がとっても美しかった……」
「月が……、美しかった」
「はい」
 愛するものに愛しているというのではなく、月がとても美しかったというのか、この天女の国では……。
「この話はあまりにも有名なその師に関する伝説のようなもので、本当の事ではなかったようですが、初めてそれを知った時に、私はとても素敵だなって思ったんです」
「素敵……。それは何故に」
「そうですね、この話を考えた人はきっとものすごく愛している人と一緒に月を見ていたと思うんです。だから、その人を愛しているという言葉を言うよりも、あなたと見ているから月が美しい、そう言う方が相手に自分の想いが伝わると考えたんだと思うんです。誰でもない、大切で愛している人と一緒に見た月だったから」
 そう言うと花はふんわりと微笑んで見せた。
「そうか」
 そのまま二人で並び月を眺める。あゝ、その言葉をこの娘に告げることが出来たらどんなにいいだろう。だが、花の胸の奥底にあるのは孔明の姿であろう。しかもこのような時間に二人でいる所を誰かに見られたりしたら、花がどんなに嫌がっても、献帝が望まなくても、彼女の後宮入りの話が出よう。そうなってしまっては拒むことなど出来るはずはないのだ。
 困らせたくない。花は自由をくれた、争いを失くしてくれた。それ以上を望んではならない。
 だから……。
「さぁ、朕も戻らねばならぬな。寝所を抜け出したことが知られたら、警護の者が罰せられてしまう。誰かに見られぬうちに、そなたももう部屋へ戻るがよい」
 その言葉にさっと花の顔色が変わった。本来ならば、話なんかしていないで陛下を早く自室へ戻すように進言するのが正しいのに……。その花の顔は何よりも雄弁に彼女の気持ちを語っていて思わず献帝は声を立てて笑っていた。
「はは、良い、良い。気にするな、今宵、朕は月が眩いばかりに輝いていたから、こうして庭へ出てみただけ、朕は一人で月を眺めていただけだ。先に戻るが良い、花」
「でも」
「いや、そなたを見送ったら朕もすぐに戻るから安心するがよい」
「本当ですね」
「朕はそなたとの誓いを違えぬ故」
「はい、約束ですよ。では、おやすみなさい」
「良い夢を、花」
 そのまま、一つ大きく頭を下げると、行き過ぎてゆく少女の背中にそっと献帝は呟いた。
「今宵、月が美しかった……」


これは夏目漱石の有名な話ですね。でも、本当じゃない説が優勢。英語教諭だった彼にはまだまだ分からない言葉が多くて大変だったと思います。何しろ日本の概念にない言葉ばっかりだし、留学先のロンドンでは嫌なことばっかりだったみたいだし(笑)
今は外来語の多くはそのまま使ってますが、それは個人的には日本語が死にそうで嫌だなと思ってます。
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