FC2ブログ

月夕 ~藤堂side~ 

2015, 12. 25 (Fri) 00:00

 今年も残り僅かになりましたね。コミケに行ける人はいいな~。2日目に行きたいよぉ。欲しいものは通販ですね。一月の刀剣乱舞のイベントには行けるかなぁ(/_;)
 
 バタバタと毎日を過ごしてますが、できるうちが花なので、動いています(笑)
 一応、こちらは初夜(原田さんを除く)シリーズみたいな扱いになってます。ちっとも、それっぽくないですがww
 
 取りあえず平ちゃんと千鶴ちゃんのお話をUPしたら、お正月用のSSに取り掛かります!

 
月夕
藤堂Side


 月が昇っていく。
 それは俺にとっては夜明けと同じだった。
 でも、今は……。
 この小さな家に響く柔らかな音色。
 腕の中を見下ろせば、千鶴がほんのかすかに笑って眠ってる。
 それだけで何にも要らないと思う。
 俺はたくさんお前を泣かせてきたから……。
 だから、今度はその笑顔を守らせてくれよ。
 なぁ、千鶴……。
 一緒に生きていくっていくってことはさ、けっこう簡単なのかもしんないな。
 そう、さっきまで互い繋がっていた俺たちの手のように。
 指先が絡んで、そこから伝わる温もりに愛しさが募って、その温もりを護るために生きる。人が生きられる理由なんて、きっとそんなこと。
 志とか、思想とか、きっとそれも大事なことなんだと思う。
 でもさ、そんなことよりも大事なこと、俺は見つけたよ。
 それは本当に拍子抜けするくらい簡単で単純なこと。
 平凡に生きていくこと。
 争うこともない。
 誰かと斬り合うこともない。
 戦だってない。
 誰も泣いたりしない……。
 そんな生き方。
 笑っちゃうだろう。
 きっとさ、天子様が政治ごとをしても、大樹公が政治ごとをしてもきっと同じなんだと思うんだ。
 だって、俺たちが出来ることなんて本当にちっぽけなことだから……。
 だから、いつまでもこの手を繋いでいていいかな。
 いまさらだよな。
 俺の中にお前を閉じ込めたのに、そんなこと言ったら、お前はきっと顔を赤くして怒るんだろうな。
 やば、なんか笑えてきた。
 迷わなかったって言ったら嘘になるにも本当だけど、俺はお前と生きていきたいんだ。
それはとても短い時間かもしれない。そのことでまた迷うかも知れない。
 でも、その時も俺の傍にいてくれよな、千鶴。
 いつかこの月明かりが俺にとってお天道様ではなくなる時、二人で並んで手をつね泣いて浅葱色した空を見上げよう。
 そうして夜は今夜みたいな月明かりの下で、たくさんの話をしよう。
 笑いながら、あんなことがあった、こんなことがあったってさ。
 千鶴、いつまでも笑っていてくれよな。
 お前が笑っていてくれれば、俺は本当に何にもいらないんだ。
 愛おしいって、こんな気持ちなんだな。俺にはわからなかったよ。
 いつだって余裕がなくて、足掻くばかり、お前にはかっこ悪い所ばかり見せてきたよな。でもお前はそんな俺の全部を受け止めてくれた。
 その時、思ったんだ。お前が好きだって。
 想いは二人で育てていくものなんだと、お前の気持ちを知ってからようやくわかった。俺、駄目だったよな。
 けど、お前にだけは駄目な俺も見ていてほしいんだ。
 朝日が昇り、夕日となって、月と変わるまで、これからもずっと……。
 昼はお日様がお前を照らすように、夜は月がお前を照らすように、俺はずっと千鶴、お前の傍にいたいんだ。
 お前は俺にとっていつだって優しい光なんだ。
 そう今夜の月の輝きのように。
おしまい

 平ちゃんSide、お送りさせていただきました。
 書きやすかったかも……。あら、意外!
 平ちゃんは悩める青少年のイメージが強いですよね。(映画ではその切なさに泣けた)
 『夜明け前』ではないですが、多分、この政変はあまり庶民には関係なかったんじゃないかな。勿論、戦場になった所に住んでいた人は別ですが。
 明治史も深くやっていくと面白そうとは思いますが、明治文学でお腹いっぱいなので。
 気が付いてる方もいると思いますが『愛している』とか『愛』という言葉は意識的に避けています。
 これは聖書を翻訳した時に明治時代に出来た新しい言葉ですので、この辺は国文科出身の語学ヲタのこだわりですね。日本はそう云う語学センス抜群の民族だったのにな~。
 ちなみに『愛している』という言葉を初めて使われたのは二葉亭四迷の小説『浮き雲』です。私、個人が夏目漱石激LOVEなので、あまり四迷は……なんですが。
 横道にそれましたが、では次は千鶴ちゃんSideで~。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント